2021年4月29日木曜日

お金は問題を増やすもと

  1995年4月、英国国協会のリヴァプール主教が英国政府に対し、宝くじを見直すように求めました。特に、賞金をもっと少額にするよう示唆したといいます。これは、ある男性が約15億円の賞金を取り損ねたと思って自殺した、という事件に対する主教の反応です。この男は、リヴァプールに住んでいた55歳のティモシー・オブライエン。

 宝くじを賭けそこなったあとに、銃で自殺しました。彼は同じナンバーを一年間、毎週賭け続けていましたが、ある週だけ賭けるのを忘れてしまいました。ところがその週に、彼が賭けていたナンバーが当たり、巨額の賞金を取りそこなったのです。

 ティモシー・オブライエンは、賞金を得ても人生が良いほうに変わったかどうかはわからない、ということには気づいていませんでした。宝くじを当てた人の多くが、その後不幸な人生を送っています。

 巨額のお金をめぐって、思ってもみなかった問題が出てくるからです。手に入れてもいないお金が原因で自殺するようなタイプであったことを考えると、巨額の賞金がかれに幸福をもたらすことはまずなかったでしょう。

 ついでながら、オブライエンの検視結果が発表された場で、彼がいつものナンバーを賭けていたとしても実際には約1万2千円しか得られなかったことが明らかにされました。

 リッチになればいろんなことができる。そんな誤った期待を持っている私たちは、大金を得ると、オブライエンのように分別を失ってしまいます。

●お金がたっぷりあれば、幸福になれるのに。

●お金がたっぷりあれば、余暇活動を楽しめるのに。

●お金がたっぷりあれば、もっと自信が持てるのに。

●お金がたっぷりあれば、もっと人から好かれ、結婚相手も見つかるのに。

 もし、こんな考えを持っているなら、お金と恐れに支配されています。お金さえ持っていれば安心だと思っていたら、これは真実ではありません。お金イコール安心なら、ほどほどのお金では幸福にはなれません。

 たくさんのお金を得ると、それを失うのではないかと心配で、やはり幸福になれません。お金が増えれば増えるほど、失うのではないかという心配も大きくなります。ところが、安心をお金に求めない人々の多くは、ほどほどのお金で幸福になっています。

 貧しくても満ち足りていれば豊かです。十分に豊かなのです。

2021年4月27日火曜日

自分自身を知る

 マズローの各階層に位置する人の典型的な状態に自分が当てはまるかどうかチェックしてみましょう。

1.生理的欲求

  ●あまりエネルギッシュではない___たいてい疲れ気味

  ●野心がほとんどない、まったくない

  ●だらしのない服装と身だしなみ、ぼろぼろの車を運転

  ●病気になりやすい____心気症

  ●集団を避けて単独で行動する

  ●自己イメージは非常に低く、社会の犠牲になっているように感じる

  ●職場での生産性は低い

2.安全欲求

  ●リスクを避ける心配性

  ●自信がなく、後ろ向きで、非創造的な人

  ●いつも自分は損していると思い込んでいる

  ●いつも自分の収入が不十分だと感じている

  ●金、引退計画、保険についてしょっちゅう話す

  ●古い車に乗る

  ●何年も前に流行した服を着る

  ●あまり生産的でない組合の支持者

3.所属欲求

  ●人当たりが良い人___誰からも好かれたい

  ●最先端だが、ベーシックな服を着る

  ●多くのクラブや組織に所属する

  ●手当たり次第宴会やパーティーに出席する

  ●常に他の人に合わせようとする体制順応主義者

  ●多くのチーム活動に参加する

  ●きちんと働くが、創造的ではない

4.自尊心または尊敬欲求

  ●外面を気にする

  ●賞やトロフィーを自慢する

  ●スポーツでは競争心旺盛

  ●無遠慮で、いつも他人の注意を引こうとしている

  ●まるで知り合いのように、有名人の名をしょっちゅう口に出す

  ●競争では誰よりも、ほんの少しでも先へ行こうとする

  ●ブランド名がごてごて書かれた派手な服を着る

  ●能力を試すような活動が好きで、クリエイティブな場合もある実行家

5.達成または自己実現欲求

  ●社会における自分の地位について自信があり、安心している

  ●人生における自分自身の目的を作り出す

  ●創造的および独立的___内面的な生活が豊か

  ●他者の視点を受け入れる

  ●地味だがおしゃれ

  ●社交的だが一人の時間も大切にする

  ●セルフ・エスティームを高めるためにモノ中毒にはなっていない

  ●友情は量より質を大事にする

 さて、自分自身はどこのランクだったでしょうか。マズローの階層の一番下か下から二番目にランクされたからといって、自分のセルフ・エスティームを失うことはありません。

 考えるべき重要なことは、自分自身を向上させる分野を探さなければならないことです。マズローの階層の一番下にさえ届かなかった人は、少し心配しなければなりません。でものぞみはあります。どんな人でも、人生のある時期にはどん底に落ちることがあるからです。

 人生において何かを達成できれば、自尊心は必ず向上します。退職の自由時間に達成することは大きくても小さくてもかまいません。

 いずれにしても、自分の自尊心をたかめるものです。セルフ・エスティームが高まれば、外に出て行って、自分が欲するものを手に入れようとする意欲も高まります。

マズローの階層

 マズローの階層を昇る 

 ここ数十年間に、いくつかのモチベーション理論が展開されています。多分、最も有名なのはアブラハム・マズローの理論です。

 人の欲求には階層があるというマズローの理論は、人生のさまざまなプロジェクトに取り組むモチベーションがどこからでてくるのかを説明してくれます。

 欲求階層論は、三つの前提に基づいています。

1.私たちの行動を左右する欲求には、明らかな優先順位が存在する。

2.下のレベルの欲求が適度に満たされるまで、上のレベルの欲求は出現しない。

3.まだ満たされない欲求によってモチベーションを得る。

 人間が追及する基本的な欲求は5つあります。下のレベルから淳に、その欲求を説明します。

●生理的欲求 身体の正常な働きに関連するもので、水、空気、食物、休息、性欲等に関する欲求

●安全欲求 危害から身を守ろうとする欲求で、危険、はく奪、脅威、不安から自分自身を守ること

●社会的欲求 愛情、仲間づきあい、友情に対する欲求、他者に受け入れられたいという欲求を反映する

●尊敬欲求 尊敬されたいという欲求。一般に、セルフ・エスティーム(自分を大切に思う気持ち)と他者からの尊敬という二つの分野に分けられる

●自己実現欲求 クリエイティブでありたい、自分の可能性を最大限に発揮したいという欲求

 あらゆる人の欲求は常に変化しています。マズローが主張したように、現在の欲求が満たされると、別の欲求が生じ、この新しい欲求が私たちを支配します。

 人生の始まりから終わりまで、私たちはいつも何かを欲しています。広告会社がこれを聞いたら、さぞ喜ぶでしょう。

 私たちが自由時間を最も楽しめるのは、自己実現ができた時です。ただし、自己実現の段階まで達しても、完全に自己実現できたと感じることは決してありません。

 完全に満足した状態は、死ぬほど退屈です。私たちは、完全に満足した状態で長くいられません。ある欲求が満たされると、次の欲求がとって代わろうと待ちわびています。

 自分の欲求を満たすためには、まず、自分に何が必要かを知らねばなりません。

 マズローはこう述べています。

「平均的な人々は、欲求を意識しているより意識していないほうが多い。しかし、適切なテクニックと見識のある人の助けがあれば、意識できるようになる。」

モチベーション

水は流れる、石は固い、モチベーションがなければ満足もない。 

  人生の満足を手に入れられるほど、十分なモチベーションがある人は、少ないが、私たちは、皆常にモチベーションによって行動しています。 それは、矛盾していないか?確かに、やる気や意欲の片りんも見えない無気力な人は大勢います。  

 ですが、私たちが行うすべてのことは、何らかのモチベーションの結果です。ただ、多くの人々はモチベーションが低く、ほとんど何もしていないように見えます。これをマイナスのモチベーションと呼びます。このモチベーションは人生の満足を得るために進まなければならない方向と逆方向に、私たちを進ませようとします。  

 マイナスの心構えとモチベーションしかない人は、自分自身の不安と過去の失敗を引きずっています。こういう人は、形だけ行動して見せているにすぎません。いつも不平不満を並べ、始めたことを最後まで完了しません。同じ間違いを何度も何度も繰り返し、何事もうまくいきません。一番悲しいのは、自分がマイナスの存在であることに気づいていないことです。  

 楽な道を選び、リスクを回避していると、だんだんモチベーションが失せ、何の活動もしなくなります。  

 失敗に対する恐れは往々にしてマイナスのモチベーションになり、否定的な反応を引き出します。そして、人生の満足が得られるようなこうどうにはつながりません。    

 自分の現状を他人や状況のせいにしている人は、結局それらに翻弄される存在に自分をおとしめています。自分の人生の質を上げるのも下げるのも自分次第だということに気づくべきです。  

 人生がもう少し楽ならもっと頑張るのに・・・という態度は禁物です。  

 人生は、今ある通りで、こうあるべきだという姿にはなりません。  

 水は流れ、岩は固く、モチベーションがなければ満足もない。ものごとを変えたいなら、自分自身が行動を起こす必要があります。  

 時には誰でも、自分の人生の責任から逃れたいという思いを心の奥底に持つことがあります。誰か別の人が、この責任を引き受けてくれないかと考えます。しかし、人生はそうはいきません。ほっておけば、何も起こらないのです。  

 自分が成し遂げたいと考える重要なことはすべて、自分自身が行わなければなりません。高みに到達しようというプラスのモチベーションを得るためには、マイナス思考を排除する必要があります。  

 プラス思考は、プラスのモチベーションで構成されています。行動を起こすための積極的な理由を見つけたとき、あなたは既にものごとを成し遂げ、満足を得る方向へと踏み出したことになります。

2020年2月15日土曜日

笑える能力

 笑える能力は、充実した人生を送るための貴重な資産です。大抵の人は、自分がユーモアのセンスを持っていると考えていますが、実際にユーモアを示せる人はほとんどいません。私が出会った人々の中には、きまじめすぎて、せっかくのユーモア精神を台無しにしている人もいます。
 
 アメリカの有名なコメディアン、ジョージ・バーンズは百歳まで生きられそうな気がしていました。九十代になってからは、百歳の記念出演契約を始めました。バーンズがこれほど長く生きられたのは、人生を通して持ち続けた前向きの心構えのためです。彼は、ユーモアで生計を立てていました。仕事によって彼の健康が増進したことは間違いありません。

 研究者によると、一日に何回も大笑いすれば、十五キロメートル走った時と同じ効果が得られるといいます。
 
 ユーモアは健康にいいだけでなく、創造性を高めるためにも効果的です。驚くべき解決法はユーモアで触発される場合が多いです。まじめさは、クリエイティブな流れを妨げます。

 たくさんのストレスやプレッシャー、深刻な状況にさらされている人は、ジョークの本を広げるといいです。なんでもいいから、一緒に笑える人と集まって笑いましょう。ふざけたことをしてっみましょう。きっと、クリエイティブなアイデアがどんどん湧き出してきます。

 我を忘れるほど何かに夢中になったことがない人は、夢中になってみるべきです。「人生は、深刻に受け止めるには重要すぎる」とはよく言われる言葉です。でも、これが意味することに注意を払った人はどれだけいるでしょうか。あなたは人生を真剣に考えすぎていないでしょうか?

 笑ったり、遊んだり、馬鹿げたりする時間はありますか?いつもいつも深刻で理性的であろうとすると、創造性を壊すことになります。きまじめすぎて、面白みのない人が、人生の生き方について驚くような新しいアイデアを考えつくことは滅多にありません。

 遊びは、クリエイティブに生きるときの中心になるものです。遊ぶこと、ふざけることは、私たちの頭を刺激する素晴らしい方法です。おもしろいことをしているときには、私たちはリラックスし、熱中しています。時には、突飛なこともしてみます。

 こういうことが、創造的な精神を触発します。

2020年1月22日水曜日

人生で本当に大切なこと

 仕事のモラルは、私たちにとってプラス面よりマイナス面の方が多いです。仕事中心、金中心の精神構造を捨てないと、幸福のために何が本当に大事かはわからないでしょう。そろそろ仕事のモラルを変える時です。このモラルのおかげで、私たちは奴隷になっています。勤労の美徳を見直すことは、とっくの昔にやっておくべきことでした。

 私たちは1980年代に適度という概念を失ってしまいました。そして、もっと多くのモノ、もっと大きなモノを常に追い求めるという価値観を育ててきました。で90年代末以降は、ほどほどの額のお金をため、もっと価値のある生活のために引退するという18世紀風の生き方が見直されています。モノを求めて働き続けるより、人としての内面的な成長を求める方が、人生の満足や幸福が増すに違いありません。

 勤労の美徳とモノに対するこだわりを強調しない。そういう時代が来ようとしています。生活のために働くことは必要ですが、たいていの人々が考えるレベルの働き方は必要ありません。物質的な目標をほどほどにすることにより、環境は驚くほど改善され、もっとのんびりした生活を楽しむことができるようになります。

 現代社会が重視している価値観にはいくつか欠点があります。もしその価値観を盲目的に信じているなら、ものごとを違う方法で見てみましょう。仕事には価値があり、遊びはくだらない、と固く信じていると、失業したときや退職したときにうまく適応できません。働いている場合でも、この価値観では人生がアンバランスになり、満足できません。

 考え方をオープンにして、仕事のモラルと物質主義に重点を置かないようにしましょう。ほどほどんに働くことには多くの利点があります。仕事から離れる時間は、新しいことを学び、人間として成長できるチャンスです。長時間働き、便利なものや気の利いたものをたくさん所有している人が、ほどほどに働き少ないものしか持っていない人よりも優れているとは限りません。また、物に執着していると、他の人々や環境から遠ざかる傾向があります。

 車や家、コンピューターなど私たちを取り巻くモノは確かに便利ですが、それ以上のものではありません。モノは幸福の源泉には成りえません。私たちが所有するモノ、住む場所、そして仕事は、重要性で言えば二次元的なものです。本当の成功は、所有するモノや仕事で測るものではありません。

 私たちのアイデンティティーはモノとは別の次元にあります。結局、重要な唯一のことは、現在、私たちがどう生きているかということです。何を学び、どれだけ笑い、どれだけの愛を周囲の世界に注いでいるか。それこそ、人生で本当に大切なことです。

2020年1月17日金曜日

退職後の目的を持つ

 退職後に、何らかの目的を持たなければなりません。

 勤勉な人は、職場では物事の進め方を承知していますが、仕事を失い、多くの自由を手にすると、とたんに自分を見失ってしまいます。高い生産性と業績から得ていた自負心も粉々に打ち砕かれます。こういう人は、生きる目的を職場に決めてもらっていたので、仕事を失えば目的も消えます。これまで、自分自身を探求し、自分は人生で何をしたいのかを考えたことが無かったのです。

 退職後、仕事がない生活では、目的を持っているかいないかは、生死を分ける事柄です。統計によると、引退した人で人生の目的がない人は長生きができません。十人のうち七人は、二年以内に死にます。永遠にこの世を去るまでに、年金を受け取る平均回数は十三回にすぎません。仕事中毒のこのような人々は、仕事を失うと目的も自負心も失ってしまいます。別の目的を持つことができれば、それが意欲の源となり、寿命もぐっと長くなります。

 自分にとって、仕事は重要なものだったかもしれません。創造性が発揮できる大切な場であったかもしれません。でも、引退した今は、自由時間を大切にするべきです。さまざまな活動も創造性を発揮出来る場所に成りえます。仕事以外の場所から、生産性や目標達成の意識を得ることもできます。

 まず、自分の目的を持たなくてはなりません。それが、創造性を活用するための第一歩です。最大の課題は、自分の内面を見つめ、目的を発見し、その目的を生きることです。
 
 仕事であれ、遊びであれ、成功をおさめている人々は自分が生きる目的を持っています。中には、次のような方法で自由時間の中に目的を見出した人もいます。

・人々の生活を改善する
・コミュニティ活動などに貢献する
・創造的な表現を見つける
・発見や挑戦に参加する
・環境保護に協力する
・人生の楽しみ方を他の人々に教える
・意欲をかきたてる課題を達成する
・健康と福祉を増進する
・個人の幸福と満足を作り出す

 退職後の自由時間のさまざまな活動に意味を発見することもできます。自分で自分に教育的使命、人助け使命、自己実現指名などを課してもいいでしょう。重要な目的があれば、活力はどんどん出てきます。ストレスは減り、生活のバランスもよくなります。

 カギは、情熱が持てる目的を持つことです。人生の究極的な目標または使命を作り出すことができれば、常に燃え上がる意欲を持ち、人生をエキサイティングで面白いものにできます。その結果、常に成長し、学習します。

 人生の目的は、自分のエッセンスと夢に基づくものでなくてはなりません。目的を持っていれば、一つ一つの課題、行動、状況が全て意味のあるものになります。

2020年1月12日日曜日

退職後、一人を楽しむ

 退職後、働かないことの喜びを心底味わうためには、一人の時間の楽しみ方を学ばなければなりません。一人の時間は、人間として学び、成長する時間です。また、熱にうかされたような忙しさの中で、ちょっと立ち止まる時間でもあります。ヒンズー教のことわざに、「人は一人の時に成長する」というのがあります。自分自身をよく知るためには、一人でいる時間が必要です。一人の時間は、神亜星についての哲学的問題を考える時間です。

 「一人ぼっち」には憂鬱や悲しみが漂っていますが、「独り居」には満足や喜びが感じられます。洗練された人や自己実現した人は、ひとりの時間を大切にします。ひとりの時間から逃げ出さないで、逆に、一人の時間を求めます。こういう人たちは、退職後、さまざまな自由時間の活動の中で、一人でする活動に秀でています。自己実現した人々は、自分の内面から大きな満足を得ています。

 自己実現した人は一匹狼というわけではありません。一匹狼は他の人とうまく折り合えません。神経質で秘密主義で、考え方が柔軟ではありません。一方、自己実現した人は、健全で、他人とうまくやれる人です。独立心は強いですが、他の人々と過ごす時間も楽しめます。自分で自分の進む方向を決められるため、他人に自分を印象づける必要も、他人から好かれる必要も感じません。

 このようにクリエイティブに生きている人は、人生を楽しむ能力を育てています。独立心があるから、一人で働くことも一人で遊ぶこともできます。自己実現した人は、自分のアイデンティティーの土台を社会的な集団に置いていません。自分の信念と欲求の元に一人で立ち、他人からの批判や反対を受けても立つことができます。

 退職後、自己実現を経験したいなら、一人の時間をたのしめるようにすることです。自己実現できる人は、自分の内面生活の質が外面生活の質を決めるということを認識しています。

 自己開発と自己実現への道はとても神秘的です。一人で過ごす時間が増えると、自分の内面を探索する時間も増えます。じっくり考え、瞑想し、成長するチャンスにつながります。そして、いつか悟りの境地に達するかもしれません。

2020年1月6日月曜日

転職、退職に失敗は無い

転職、退職は失敗でしょうか?

 転職や退職に失敗はありません。転職や退職を決意しても、多くの人びとが不安を抱きます。もしかしたら、今までの会社の方が良かったかもしれない、もう少し我慢が足りなかったのではないか、もしかしたら給料が下がって生活ができないかもしれない、これから人間関係がうまくいかなくなるかもしれない、そんなことを思ってしまうかもしれません。

 でも、「変わることは良いこと」という見方にすればどうでしょうか。環境を変えることで、自分が生きていく上で本当に大事にしたいことが分かってきます。
 
 転職や退職は「旅行」だととらえるのはどうでしょうか。場所を移動し、新しい経験や体験をするという意味では、転職や退職は旅行に似ています。

 旅行に成功も失敗もあります。もちろん、ホテル選びに失敗したとか、旅行先の天候が悪かったといった、ちょっとした失敗もあります。でも、それも含めて旅行です。ホテルの夕食がいまいちだったからといって「この旅行は失敗だったな」と頭を抱える人はいません。ホテルの外で食べるか、もっと食事が美味しいホテルを探せばいいだけです。
 
 転職や退職に成功も失敗もないのと同じです。仮に年収が落ちてもそのことによって、転職や退職の全てが失敗だったことにはなりません。
 
 転職や退職は、旅行のようにおもしろく、そこには新しい発見があります。人生の発見です。そうとらえれば、気も楽に自由になります。

 転職や退職は最終的には、本人が決めることですが、今の会社を絶対辞めた方がよいというケースがあります。それは、過労やハラスメントによって鬱状態になっている社員が発生しているような場合です。
 
 過労やハラスメントなどによって鬱病になったり、それに近い状態になると、判断能力も著しく低下します。鬱状態になると、仕事を辞めた方が良いという正しい判断ができず、自殺という最悪の結果になってしまうかもしれません。

 現実に鬱病などで追い込まれている人に対して、安易に「もっと頑張れ、我慢のしどころだ」と不適切に言ってしまう人が後を絶たないのも事実です。そもそもそのような状況になるまで放置することは、経営の本質が問われます。

 もし、今の仕事が辛くて、毎日が憂鬱だとしたら、それは転職や退職を考える立派な理由になりえます。

2020年1月2日木曜日

パラダイム

パラダイム・シフト

 自分は仕事に関係のない活動を楽しむ時に、いつも不安感や罪悪感を感じるでしょうか?もしそうなら、失業や退職によって増える自由時間を活用するには、パラダイム・シフトが必要です。パラダイムとは、「ある状況についてある集団が共有する思考の枠組み」のことです。古いパラダイムから新しいパラダイムにシフトするということは、古い問題を新しい考え方でとらえるということです。通常、新しいパラダイムには、常に存在していながら見落とされていた原則を含みます。

 自分のパラダイム・シフトは、自由時間に関する自分の信念を変化させるものでなくてはなりません。まず、第一に、自由時間は仕事と同じように追求する価値があるもの、とみなす必要があります。一日中が自由時間という生活は、焦点が定まらなくてつまらないとは限りません。自由時間は、昼間からテレビのメロドラマを見たり、同じ映画のビデオを何回も見たりするようなつまらない活動で埋められる孤独な時間ではありません。もっとも、古い信念にしがみついている人々には、そういう生活が待っているかもしれません。自由時間とは、人生の充実感を味わう時間です。

 成功は、仕事がなくても、仕事がある時と同じように味わうことができます。社会が押し付ける成功はいい仕事、大きな家そして高級車。でも、これだけが成功を意味するのではありません。

 パラダイム・シフトを行えば、成功の意味も変わってきます。

成功とは?
よく笑い、たくさん愛すること
聡明な人々の尊敬と子供たちの親愛を得ること
正直な批評家に認められ、偽りの友人の裏切りに耐えること
美を賞賛すること
他人の中の最高のものを見つけること
見返りのことなど一切考えずに自分を献身的に捧げること
健康な子供、救われた魂、美しい庭、改善された社会状況を通して、世界をほんの少しよくすること
熱心に遊んで笑い、思いきり歌うこと
あなたが生きているおかげで 、たった一人でも慰められた人がいると知っていること
これが成功するということだ
 ―――――ラルフ・ワルド・エマーソン

 仕事がないということイコール非生産的でも負け組でもありません。自分で自分のことを負け組だと認めたときのみ、自分が負け組になります。認識が全てです。仕事がないから非生産的だとかんがえているならば、自分自身に対する認識を変えるべきです。自由時間がたっぷりあり、自己実現という生産的な追求ができるのだから、自分は勝ち組ではないか。この世界の歴史上においても、こんなチャンスを持っていた人はあまりいません。

 古代ギリシャでは、プラトンやアリストテレスといった偉大な哲学者が正しい認識を持っていました。自由時間を追求することは、怠慢な行為でも役立たずの行為でもありません。豊かな自由時間は自己認識を深めることに使われましたが、これは人生でもっとも高尚な行為でした。自由時間を得ていた人は皆、自己実現を行う高い特権を与えられていました。自由時間がたっぷりある生活は、さまざまなチャンスを与えてくれます。私も特権意識を持ってしかるべきです。

2019年12月22日日曜日

安定した職場

 安定した職場など幻影にすぎません。



 1961年のミュージカル「努力しないで出世する方法」はアメリカの企業社会を皮肉った舞台ですが、1995年にブロードウェーでリバイバルされました。このミュージカルによれば、出世を目指す人は上司の機嫌を取り、前途のあるチームに入り、前途のない人を裏切らなければなりません。成功するためには、出世街道を万進している人に対してイエスマンまたはイエスウーマンになります。さらに重要なことは、他の人が何をしているかよくわからないほど大規模な会社を選ぶことです。大規模な官庁もいいでしょう。社内メモは実際には役立ちませんが、出世するためにはそれをよく読み、たくさんのメモを書いて、自分の名前ができるだけ人の目につくようにします。成功できるか否かは、知性や実際の業績よりも、いかにリスクを避けられるかで決まります。

 これは今日の自分の姿ではないでしょうか?自分は大規模や官庁は安定していると思っていないでしょうか?忠誠心と滅私奉公を引き換えに、退職するまでずっと雇用してくれると期待していないでしょうか?メモを書き、イエスマンを続けていれば、雇用主は自分を貴重な人材だと思って大事にしてくれると考えていないでしょうか?高い給与をくれ、どんどん昇進させてくれると思い込んでいないでしょうか?

 こういうことを期待しているなら、ある経営コンサルタントに言わせれば、自分は愚か者の一人です。驚くほど多くの人びとが、若者も年寄りも、こういう期待を抱いています。フルタイムの仕事は安定しており、出世階段を登るチャンスがあるという期待は、最近まで大半の教育者や両親、社会が抱いていました。でも、今もこの期待を持っているなら、自分は現実を見ないで、ファンタジーを追い求めています。

 今日、安定した職場など幻影にすぎません。ここ数年で、従来のような職場は減り続けています。安定した職場は、恐竜と同様、絶滅の道をたどっています。間違った期待を抱いていることを他の人びとのせいにしてはいけません。それは、自分自身の責任です。「揺りかごから墓場まで」の終身雇用は数年前からファンタジーになっており、自分が生きている間に再び現実になることはないでしょう。

 いまだに企業を安全な場所と考え、しがみついている人びとの仲間入りをしてはいけません。たとえ雇用が保証されなくても、この世が終わるわけでも陰鬱きわまる世界になるわけでもありません。結局、雇用が保証されない世界をなんとか生き抜いていくのは自分自身です。かつてそうだったように、雇用主が仕事を保証してくれる時代は終わったのです。

 自分が忠誠を誓う相手は自分自身でなくてはなりません。それではあまりに利己的だと思うかもしれませんが、会社に忠誠を誓わせようとする雇用主ほどではありません。成功したいと望むなら、安定した職場という概念を変えるべきです。安定した職場とは、本当は、どんな状況にも対応できる自分自身なのです。
 
 自分の創造性と創意工夫によって誰でも生き残ることができます。

自分の使命

 自分の使命は何でしょう?

 成功した人が幸福なのは、自分の使命を持っているからです。毎朝、起きるのが辛いなら、まだ自分の使命を見つけていない証拠です。人生において重要な使命を持つことは、真に生きていることを意味します。使命があれば、毎朝、これからの一日に興奮と情熱を感じます。雨が降っていようが雪が降っていようが、カンカンと日が照っていようが、早く動き出したくてたまりません。自分の使命は、魂によって定められる人生の務めです。自分の真髄であり、この世に生まれた理由です。



 ベビーブーム世代の多くが中年の危機に悩んでいるのは、自分の情熱に従ってこなかったからです。1980年代には、大抵の人は高給の仕事を追い求め、過剰なものに彩られたライフスタイルを送ろうとしました。彼らは、いわゆる仕事上の成功は得たかもしれません。出世のハシゴを登りつめ、大量のものを買い込みました。でも、結婚生活は風前の灯で、子供たちは非行に走り、自分自身も過剰なストレスと不満に悩んでいる可能性が大きいです。

 自分の使命を見つけ、情熱をもってそれを追求することに時間と努力を使えば、自分の人生はもっと実り多いものになります。自分の使命をないがしろにすると、不満がつのります。好きなことを避けていると、精神が混乱し、体は不調になります。本当の興味や欲望をおさえつけていると、人生の痛みや不満をまぎらすために、アルコールやドラッグ、仕事、テレビなどの中毒になりやすいです。

 個人の使命は、単なる目標よりも高いレベルにあります。会社の本部長になるというような目標はいったん達成してしまえば終わりです。でも、環境汚染を減らして世界を住みよい場所にする、というような個人的使命は、高いレベルの務めであり、全人生を通じて追求することです。

 誰でも、人生の使命を見つけることができます。個人の使命は仕事を通じて果たすこともできますが、いつも仕事に関係するとは限りません。ボランティア活動や娯楽、趣味など自由時間の活動を通して果たせる場合もあります。人生における究極的な使命は、自分の関心、意味のある人間関係、仕事、自由時間の活動など人生の多様な面の組み合わせを通じて果たすものかもしれません。

 また、自分の使命は、お金儲けとは何の関係もありません。使命を果たすということは、自分の才能を活用して、世界をよりよくすることです。その結果、自分の人生も充足し、幸福なものとなります。才能を使って使命を追求していると、副産物が生まれることがあります。お金を稼ぐことも、その副産物の一つです。

 個人の使命は、自分の価値観と関心に強く結びついています。また、自分の強みと弱みによって決定されます。お金儲けだけが目的の仕事や、暇つぶしのためだけの活動は、個人の使命とは言えません。個人の使命は、この世界によい変化をもたらすものです。自分の努力によって、人類が何らかの恩恵をこうむります。それぞれの使命は、他人の尺度から見ればささやかなものかもしれません。

 自分の個人的な使命は、自分自身と周囲の世界とを緊密に結びつけます。ゆっくり時間を取って、次の質問に答えてみましょう。そうすれば、自分が追求したいと考えている使命が明確になります。

1.あなたが情熱を傾けるものは何?
2.あなたの強みは何?
3.あなたのヒーローは誰?
4.あなたが発見したいこと、学びたいことは何?

 以上の質問に答えれば、使命追求のスタートラインに立つことができます。自分の最も深い部分にある欲望に触れるとき、それは自分の使命とつながっています。

 自分の使命を発見するのは、他の誰でもない、あなた自身です。

2019年12月21日土曜日

退職生活を楽しむ

 退職後の生活をスローダウンさせ、人生をゆっくり楽しむ方法を考えました。

・将来のことを思い煩わない。しなければならないことを考え、その時間があるかどうか心配するのはやめる。時間があれば、全部できる。時間が足りなければ、明日残りをすればよい。

・一杯のコーヒーを飲む時は、その瞬間に生きる。他のことは何もかも忘れる。今、全世界はストップしている。あなたがコーヒーを存分に楽しめるように。

・車のスピードを上げるのはやめる。たとえ急いでいても、ゆっくり行く。

・何も予定のない時間を一日に30分ほど持つ。そして、何か自然に湧き出てくることや、普段とは違うことをやってみる。

・夕陽をじっくり眺める。陽が全部沈んでしまうまで、時間を取ってゆっくり見る。

・隣人と本当の会話をしてみる。時間で決めるのではなく、自然に始まり、自然に終わるおしゃべりを楽しむ。

・朝のシャワーを楽しむ。気持ちよさをじっくり味わえるように、たっぷり時間をかけてシャワーを浴びる。

 物質主義、仕事中毒、スピード第一に毒された文化のスローガンは、「時は金なり」です。でも、どうして時間をお金で測るのでしょう。時間を幸福で測ることが大事です。「時は幸福なり」です。こうすれば、みんなもっと健康的になり、幸福になれます。

 つまらないことから重要なことまで、私たちはしょっちゅう心配しています。心配するということは、私たちから「今この瞬間」を奪う行為の一つです。

 私は心配するのに時間を使って、今日という日を失っていないでしょうか?今、ここに存在することに、もっと集中できないでしょうか?損をしないか、失敗しないか、間違いを犯さないか、としょっちゅう心配していると、いつも緊張し、不安にかられることになります。ストレスや頭痛、パニック、潰瘍、その他の病気につながりやすくなります。心配事のほとんどは自分で考え出したもので、はっきり言って心配するだけ無駄です。

 無駄な心配事
心配事の40%は、決して起こらない出来事に関するもの
心配事の30%は、もう起こってしまった出来事に関するもの
心配事の22%は、つまらない出来事に関するもの
心配事の4%は、私たちが変えられない出来事に関するもの
心配事の4%は、私たちが働きかけられる現実の出来事に関するもの

 このデータは、心配事に費やしているエネルギーの96%は、私たちがコントロールできないことに使われていることを示します。つまり、心配の96%は時間の無駄だということです。実際は、これより悪いです。残りの4%は私たちがコントロールできることですが、コントロールできることを心配する必要はありません。

 つまり、私たちの心配事の100%は無駄なのです。

2019年12月16日月曜日

退職とダイエット

 退職すると、必ず太ります。

 通勤することも無くなり、必要ない運動を自分からしなくなるから。自由に食事時間が取れるようになるから。次の日のことを考えずに夜食や二日酔いをできるようになるから。あと、会社員時代の余計なストレスから解放されるから。

 少しぐらい太るのであれば、逆に健康的になりますが、ぶくぶく太って高血圧になるようであれば、運動する必要があります。そうです、ダイエットが必要です。中年になってくると、特に運動していなければ、基礎代謝が落ちて太りやすくなりますが、退職後は、他人に指図されることもなく、他人の目もなくなることから、自分から積極的に運動をしないとみるみるうちにお腹が太鼓っ腹になってしまうでしょう。

 私も、例外なく太りました。ダイエットしないといけません。

 でも、何から始めていいのか分かりません。会社勤めしている時から、運動する習慣がある人ならいざ知らず、退職後の究極の自由という海にいきなり放り込まれると、何をすればいいのか戸惑ってしまって、結局毎日毎日1kg、2kgとぶくぶくと太って行く始末になります。だって、仕事しながら、仕事終わりにジムに行く人や、出勤前にマラソンを2km走って来る人を超人だと思っていました。仕事だけで、十分すぎるほど疲れるし、余計な体力は使いたくないと思っていたので、尚更です。なるべく階段では無く、エレベーターやエスカレーターを使い、仕事以外で使う体力を温存しておこうと思っていた人は私だけでしょうか。エコからは完全に縁遠い生活をしていましたが、仕事で神経を使い、気を使って歩き回って仕事をしていたおかげで、会社員時代は、太るということからは免れていました。いつも疲れすぎて、食欲が無かったというのもありますが。

 さて、ダイエットって何すればいいんだか。少し食事量を減らしてみようかとも思いましたが、家にいると、手の届く場所にすぐ食料があるし、いつお菓子をつまんでも誰からも文句を言われないし、見られていないから、自分についつい甘くなってしまいます。一日5食ぐらい摂取しちゃっているかもしれません。ストレスが無いから、食事も美味しく感じてしまいます。食事量を減らすのは無理かもしれません。

 家の周りを歩き回ってみます。私は、ポケモンGOや、ドラクエウォークというゲームがあるおかげで、散歩が楽しいです。でも、言い訳ばかりになりますが、冬は寒くて外に出る元気が無い。夏は暑くて汗かくのが嫌だ。あー、長時間は歩けません。

 ジムに通のもいいかもしれません。スクールによっては、フラダンスをしていたり、エアロビをしていたりして、マシンだけでもトレーニングでは無いので、飽きずに行けそうです。でも、出不精の私としては、なかなか毎日出かけることが苦痛で仕方ありません。だんだん通わなくなって月会費を無駄にしたくないので、私は今回は諦めます。



 家の中で少しだけストレッチをしてみることにしました。テレビや家事の合間に少しだけ、スクワットをします。少しだけの負荷なら続けられる気がします。それに、毎日体重計に乗ること。それだけで、少し抑止力が働いて、痩せなきゃと思うことは、何も思わないのとは違って、少し効果がありそうな気がします。

 できることから始めて無理をしない。せっかく退職をして、ストレスの無い夢のような生活ができるのに、自分からダイエットというストレスの種を蒔いて、自分の首を絞めないように適度に頑張ります。退職後のダイエットには、そのくらいでちょうどいいかもしれません。

退職とプレゼント

退職時のプレゼントについて

 自分が退職する時、若しくは誰か周りの人が退職する時、退職祝いのプレゼントは何がいいだろうか考えてみました。周りの人というのは、自分の親族でもいいし、会社の上司や同僚でも構いません。退職の時に何をあげたら喜ばれるのか、何をもらったら嬉しいのか、あなたはどうでしょう。



 私自身が退職する時は、現金をいただきました。いただけると思っていなかったので、びっくりしながらも断れず受け取ったと言った方がいいかもしれません。しかも、会社の親睦会費等の規則で決められているものというより、ご好意でいただいたものなので、驚きました。実際に、働かなくなることで収入が無くなるわけで、私にとっては物をいただくより、すごくありがたかったです。

 定年退職する人にとっては、プレゼントは物の方が思い出になり、いいのかもしれません。職場で、定年退職する上司へ、その上司の趣味の絵画を渡したこともありました。また、ボールペン収集が趣味の方へは珍しいボールペンを送ったこともありました。その個人個人で欲しい物があると思いますので、先にリサーチをしておき、用意しておくのが一番です。率直に退職祝いは何がいいか聞くという手もありますが、なるべならサプライズで渡した方が渡す方も渡される方も、感慨深いものがあります。現金の方がいい、現実的な定年退職者もいるでしょうが、自分の一番輝いていただろう仕事の仲間から最後にもらった贈り物は、いい思い出になると思います。

 反対に、病気で退職する方や、リストラで退職する方は、すぐ明日から生活がかかっていますから、退職祝いは、現金の方が喜ばれると思います。切羽詰っている人もいますから、思い出に浸っている場合じゃないです。

 何を贈ればいいのか、さっぱり検討がつかない場合は、カタログギフトがオススメです。贈られた本人が自分に必要なものを選べますので、「この退職祝い、必要ないわ」と思われる心配が無いです。結婚式の引き出物なんかでもカタログギフトは、私はすごくもらって嬉しいです。ありきたりのナイフフォークセットや、いらない茶碗なんかをもらうより、選ぶ楽しみもありますし、結婚式が終わって重い引き出物を持って帰るのは苦痛なので、カタログギフトだと軽いです。自分の需要に応じて選べることはすごくありがたいことです。

 また、一番大事にしなくてはいけないことが、あります。退職する人に向けてかける言葉です。退職する時というのは、本人にとっては人生の一大事ですので、すごく神経が過敏になっています。定年退職ならいざ知らず、本意では無く退職する場合なんて尚更、神経過敏です。少しのことで泣いてしまうかもしれませんし、少しの言葉でこの職場で働いて良かったな、この人たちと働けて幸せだったなと、それからの退職後の人生ずっと心の中を占める瞬間になるかもしれません。

 私自身、最後に職場に行って、挨拶したときの職場の皆さんの反応や言葉を一言一句覚えていたりします。悲しくて泣いてくれた先輩や、寂しいと言ってくれた同僚にはすごく嬉しい気持ちになりました。反対に、退職に反対してきた上司や、私の後の欠員について心配して私に聞いてくる人もいました。十人十色だなと思いました。残念ですが、その時にいい印象がなかった人は、今までどんなによくしてくれていた先輩でも、ちょっと見方が変わってしまいました。

 自分が退職する場合、もうその人とは会わないであろう最後の瞬間というのは、大事にしたほうがいいと思います。会社がブラック企業だったり、上司がパワハラ男だったりする場合は、退職届を投げつけて、言いたいことを最後だから言ってしまいたい気持ちもあるかもしれません。でも、立つ鳥跡を濁さずで、今まで我慢してきたんだから、最後の日一日ぐらい我慢して、いい自分を演じればいいと私は思います。その方が私は後悔しないからです。言いたいことを言ってしまった後は、すっきりするかもしれませんが、「あんなこと言わなければ良かった」と私は後悔するタイプなので、最後まで猫かぶっていたかったんだと思います。

 だから、言葉って大切なんだなと感じます。言霊と言いますが、本当にそのとおりです。自分が弱っているときにかけられる言葉っていうのは、すごく小さなことでも引っかかったり、大げさにとらえがちです。いい言葉でも悪口でも、一生忘れられない言葉になるかもしれません。

 退職する人には、プレゼントと共に、いい言葉もプレゼントしてあげて下さい。

2019年12月15日日曜日

退職後の食事

 退職後は、食事が自由にできます。

 会社勤めをしていたときは、朝は、電車に間に合うように朝食を流し込んで、昼食は輪番制なら他の同僚達に気を使いながら菓子パンを慌てて貪り食い、晩ご飯は残業後の疲れた体にコンビニ弁当を入れておく、というような人もいます。健康的に社員食堂を使って、ゆっくり昼食を取ったり、夜も自炊をして体にいい物を摂取している人もいるかもしれません。

 でも、私は前述のように、食べるというよりは、仕方なく食べ物を流し込んでいました。そんなに食欲があるということもなかったので、ただひたすら食事の時間になったら、三食流し込んでいたように思います。輪番制なので、順番に食事を取るため、ゆっくりできません。自分が食事が終わったら、次の人へ食事の順番が来たことを伝え、また自分は仕事に戻る。そんな食事、ゆっくりできるはずがありません。そんな短い食事時間の間でも、上司が読む新聞をそろえたり、ポットのお湯が減っていたり、コーヒーが無くなっていたら足したり作ったり、郵便物が来ていたらデスクへ配ったり、気を使わなくてはいけないことがたくさんありました。



 時々催される誰かの歓迎会や送別会などの飲み会も苦痛で仕方ありませんでした。タバコやお酒が苦手であるだけでなく、なぜ飲みもしないのに飲み放題の料金を払わされるのか、なぜ上司のビールのジョッキと睨めっこして無くなりそうになると気を回して店員を呼ばなくてはいけないのか、なぜ同僚や上司の仕事の愚痴や他人の悪口を聞くために夜の貴重な時間を過ごさないといけないのか、なぜ飲み会に参加しない場合にも、寸志を出さないといけないのか、納得できずに毎回過ごしていました。順番で幹事になってしまった時なんて最悪です。途中で抜けるわけにもいけないし、ずっと店員と注文のやり取りばかりしていなければなりません。とにかく、飲み会は行きたくない、気持ちはずっとその一点張りでした。

 退職した今、食事は自由になりました。何時にどこで食べようが、全然構わないので、他人に気を使わなくてよくなりました。もし食欲がないなら、食べないという選択肢もあります。お腹が空いたとき、気分のまま食べられます。会社勤めだとそうはいきません。お菓子をつまむぐらいならともかく、「牛丼食べてきます。」って同僚に突然言っても呆気にとられるだけです。

 退職する前は、サプリメントを摂っていました。あまり食欲が無く、栄養が足りないように思えて、健康のため、マルチビタミンやマルチミネラル、頭の回転がよくなるDHAや、眼のためにブルーベリーエキスなど飲んでいました。普段の食事が、菓子パンやおにぎりなどそんなに高価では無いのに、サプリメントの方が贅沢なのではないかというぐらい摂取していた気がします。効いているのか全然分かりませんでしたが、安心料なのかずっと続けて毎日飲んでいました。それでも、頭痛や肩こり、体の不調がありましたが。

 退職後、なぜかサプリメントを飲む週間が薄れてきました。しっかり、ゆったりと三食自由に食事ができているからかもしれません。仕事をするために、体を壊してはいけない、健康にならないといけないという規定概念と思い込みが無くなってきたからかもしれません。まだ、頭痛や肩こり等は時々ありますが、会社勤め時代よりは無くなった気がします。やはり、会社というのは、心身壊すものだと実感します。

 退職後のクリエイティブな趣味として、料理はいいかもしれません。自分自身が暇つぶしになり、創造的になるだけでなく、家族に振る舞えば喜んでもらえるし、手を掛けて作った食事は健康的にもなります。今の時代、スーパーやコンビニで手に入るお弁当はすごくレベルが高いものであり、自炊したものと比べて何の遜色も無い、若しくは、もっと美味しかったりします。でも、買って家に帰る頃には、冷たくなってしまっています。電子レンジでチンするにせよ、できたての自炊の味と比べてなんとなく温かみが足りないような、そんな気分になってちょっと物足りなく感じてしまいます。誰かに料理を作ってもらうと無償の愛を感じるし、心がほんわり温かくなる気分がするので、料理は作ってもらうのがすごく嬉しいものです。

 退職後は、少し太ります。食事が自由になるのも、ストレスから解放されるのも、体を動かすことが減るのも、そのせいです。少し太っている方が長生きするというデータもあるぐらいなので、ストレスで眉間に皺がより、気を使いすぎる生活で体がガリガリになるよりは、ストレスの無い生活の中で、少しぐらいぷっくりなっていくのも幸せなことかもしれません。退職後、食事が自由にできるのは、何事にも変えることができない特許かもしれません。

2019年12月13日金曜日

退職後の生活の切り替え

 退職や失業で自由時間がたっぷり持てるようになった時に、生活をうまく切り替えなければなりません。



 仕事の世界に入るには、普通、何年もの準備期間があります。でも、仕事の世界から離れるための準備は、ほとんど行われていません。私たちの人生が人間らしい時間を取り戻すのは、引退したときか、失業した時です。仕事が無いという世界は、まったく新しい刺激的な世界です。仕事から離れると、働いていた時とは違う方法で人生を楽しめるようになります。働かなくてもいいなら、余暇活動を思う存分たのしめる理想的な生活を送れます。これは、かつて経験したことがない生活です。

 退職や失業によって、長時間の自由時間を手に入れたとき、自分が本当はどんな人間なのかをテストされることになります。長い自由時間は天からの贈り物です。一時的に失業しているときの自由時間の使い方は、完全に引退したときと同じように重要です。仕事のない状況をうまく扱うことができれば、将来同じことが起こった時や、引退したときに、自信を持って対処することができます。

 増えた自由時間をうまく利用できるかどうかは、心構えと意欲次第です。自由時間の多い暮らしに移行することは、人によっては簡単ではありません。猛烈に働き、お金をいっぱい稼いで有名になろうとしている間は、自由時間の扱いなど学ぼうとしません。必死で働き、金持ちになり、名声を得る方法を学んでいます。余暇がたっぷりあって、人生を楽しむ機会があったとしても、仕事人間の週間はそう簡単には抜けません。

 退職や失業で仕事を失った人びとのほとんどは、そのことでかなり強いショックを受けます。何も影響がなかったという人は、よほど変わっているか嘘をついていると思います。解雇、レイオフ、退職は、どんな人にとっても最初はなかなか受け入れがたいものです。私の場合もそうでした。

 仕事と自分の仕事をどれだけ同一視しているか。それが、仕事から離れた時の落ち込みに影響します。仕事にどっぷり浸かっていた人は、仕事を失うことによって自分のアイデンティティーのかなりの部分を失ったように感じます。仕事イコール自分だった人々は、その喪失感にしばらく悩まされます。自分と自分の仕事を同一視しているからです。

 引退の時期が迫っている人々は、目標や活動が減ることを不安に思っています。でも、遅かれ早かれ大抵の人は自由時間のある暮らしにうまく適応します。不幸なことに中には「働くことはいいことだ」という価値観にすっかり染まり、仕事がないことはつらく、深いで、憂鬱だと感じる人びともいます。そのマイナス思考と変化への抵抗により、頭が固い人々は自尊心を失います。

 仕事をしないで価値ある人生を送ることは難しい、と訴える人々は、自分には個性が無いと言います。こういう人々は、人格が薄っぺらで、自分の存在基盤が自分にないことを認めているに等しいのです。

 人生の新しいシナリオを自分で書くことは誰にでもできます。最初は負け組になってしまたように感じます。でも、セルフイメージを改善すれば、認識は変わってきます。お金を稼ぎたいという目標を、自由時間を得たいという目標に変えなければなりません。

 重要なのは、自由時間の活動から何らかの達成感を得ることです。時間がたてば、自分のセルフイメージは勝ち組のそれへと変化していきます。

2019年12月12日木曜日

優雅な生活に大金はいらない

 人生に欠けているものを埋め合わせるために、お金やものを追い求めるなら、それは方向が誤っています。かえって、私たちがすでに持っているものが崩壊してしまいます。人間関係もそうです。問題は、お金やもので自分自身を評価しようとする姿勢です。お金やものを追い求めるのは、たいてい実際は別のものを追い求めることのカモフラージュです。

 かつて、アメリカン・ドリームとしてみんなが夢見たのは、「自由」でした。今は、「成功」と「リッチな生活」です。



 理性的に考えれば、貧しい人よりリッチな人の方が、夢を実現したと答える人がずっと多いと思われます。でも、実際はそうではありません。お金を多く稼ぐことは幸福につながりません。お金の問題と思われているものは、実はカモフラージュした心理的な問題です。豊かな人間関係を持たずに所有するものを楽しむ時間もなくて、心身に問題を抱えているリッチな人たちがどれだけ多いことか。金銭的には成功しているのに、空しさと虚脱感を感じています。もっともっととお金を追求するあまり病気になり、早死する人もいます。

 問題は人間の貪欲さから来ています。たいていの人間は、何もかも所有したがります。たくさんのお金、大きなえ、車は二、三台、エキゾチックな休暇。この「全部欲しがる」精神性のために、現代人はこれまでのどの世代よりも多くのものを所有しているのに、満足度が低いです。
 
 私たちは、幸福になるためには、物質的に快適でなければならない、と思い込まされています。豊かな国々では、人々は極端な貧困、飢餓、病気、天災等から守られています。にもかかわらず、景気がちょっと悪くなったり、誰かがリストラされたりすると、大騒ぎして文句を言います。

 ・お金がたっぷりあれば、幸福になれるのに
 ・お金がたっぷりあれば、余暇活動を楽しめるのに
 ・お金がたっぷりあれば、もっと自信が持てるのに
 ・お金がたっぷりあれば、もっと人から好かれ、結婚相手も見つかるのに

 こんな考えを持っているなら、お金と恐れに支配されています。お金さえ持っていれば安心だと思っているのなら、それは真実ではありません。お金イコール安心なら、ほどほどのお金では幸福にはなれません。それでは、まともな暮らしができないと思って不安になります。たくさんのお金を得ると、それを失うのではないかと心配で、やはり幸福になれません。お金が増えれば増えるほど、失うのではないかという心配も大きくなります。

 でも、安心をお金に求めない人々の多くは、ほどほどのお金で幸福になっています。賢者は、お金はすべての問題を解決することはできない、と言っています。ですが、多くの人びとはこの知恵を無視し、どんな犠牲が必要かも顧みずに、リッチになろうとします。お金が幸福をもたらすという信念にしがみついています。また、お金はパワーをもたらすと信じているために、お金を欲しがる人も多いです。

 健康で、自分自身の面倒を見られるならば、自分の創造性を活用して、直面する問題を打破できるという自信さえあれば、これが生活を保証してくれます。いつでも生計を立てることができるクリエイティブな能力が、一番大事です。私たちのエッセンスは、内面によって変わります。所有しているもので変わるのではありません。たとえ、所有しているものを失っても、私たちは自分の存在の芯になるものを持っています。だから、正常な生活を営み続けることができます。

2019年12月11日水曜日

本当に欲しいもの

 人生で自分が欲しいものを手に入れるためには、努力と行動が必要です。自分にとってイミのない行動で時間を埋めても、充実した退職後の生活は実現しません。人生の質を高めるには、自分の欲求を知り、それを満たす最善の方法を見つけなければなりません。

 人生であなたが本当に欲しいものは何ですか?

 この質問は単純ですが、深遠な意味を持ちます。答えるのは、そう簡単ではありません。人生で最も難しいことの一つは、自分が本当に欲しいものは何かを発見することです。大半の人は本当に何が欲しいか分かっていません。じっくり時間をかけて考えてみたことがないからです。その代わり、他人からの期待に沿って自分の欲しいものを決めています。自分自身の欲求よりも、社会的基準の方が重要になっています。

 私たちは、他人の期待、社会の期待、広告主の期待、家族の期待、友人の期待に気を使いすぎています。新聞やテレビが伝えることを気にしすぎます。他人の期待があまりにも大きいので、自分が本当に望むものを立ち止まって考えなくなっています。



 さらにものごとを複雑にしているのは、欲求は風向きのように変わりやすいということです。欲求は隠されたニーズで形作られ、神秘的な力で形を変えられます。欲しいものがやっと手に入ったとき、もう欲しくなくなっていることもよくあります。

 欲しいものを手に入れようとしてもうまくいかないのは、何が欲しいのかはっきり分かっていないからです。目的地を知らないのに、正しい目的地に着けるわけがありません。自分の魂を探り、自分自身を本当に理解してはじめて、何が欲しいのかが分かります。そうすれば、退職後の生活を充実させる旅に出られます。

 私たちの多くは、自分の人生が一体何のためにあるのか、すっかり忘れてしまっています。子供の時には、何をすれば自分が楽しく、満足できるかがよく分かっていました。でも、大人になってからは、そんな子供の時の気持ちを押し殺して生きています。いつも自分の欲求や望みを諦めていると、人生は色あせ、何があっても心が動かされなくなってしまいます。

 自分がしたいと思うことを、あまりにも長く犠牲にしてきたために、それが何だったのか忘れてしまったのかもしれません。本当に欲しいものが分からないという人は、自分自身を発見するために時間と努力を惜しんではいけません。自分の欲求をはっきりさせることは、自分自身で、また、ほかの人の助けを借りてできるはずです。

 本当に欲しいものを発見するために、欲しいと考えるものを全部書き出してみます。そうやって目に見える形にしてから、それが本当に自分が望むものかどうかテストします。

 紙に書いたり、黒板に書いたり、パソコンに入力したりして自分が欲しいと思うものを記録します。そして、それについてじっくり考え、その望みがどこから来たのか明らかにします。自分自身がそう望むのか、それとも誰かに言われてそう望んでいるのか、はっきりさせることが重要です。

2019年12月10日火曜日

仕事を辞める

 仕事を辞めるということ

 辞めようと思えば仕事はいつでも辞められます。

 ただ、難しいだけです。難しいというだけで、絶対に無理だなと考えて、自分をごまかしてはいけません。何かをしたいなら、そして本気でそうしたいなら、できるはずです。代償は払わなければいけませんが、長い目で見ればその価値があります。子供のために、会社のために、自分自身のために。

 仕事を辞めることを考えているなら、「仕事を辞めて、自分の身に起こる最悪のことは何か?」を自分に聞いてみましょう。最悪なことをはっきりさせてから、もう一度自分に聞きます。「それが何だ?」最悪のことが死につながるとか、不治の病に結びつくというのでなければ、「それがどうだっていうんだ?」と言ってみます。これで世界が終わるわけではありません。物事を適切な角度から見ましょう。マイナス面ではなくプラス面に注目します。そうすれば、人生は大きく変わります。

 第一に健康を取り戻します。そして生きています。これからの人生にどんな選択肢があるか考えてみます。仕事がなくても、いろんなチャンスが開かれています。生活の安定については心配かもしれませんが、仕事を持っていても絶対安全だとは言えません。自分が生計を維持するための能力と創造性を持っている、と知っていることが最善の経済的安定です。


 新しい仕事につくまでの間にできる素晴らしい活動について考えてみます。全財産を売り払い、そのお金を持って世界を旅してもいいです。中国、ブラジル、メキシコ・・・。スペインに行って絵を描いてもいいし、書く事を夢見ていた本を書いてもいいです。朝十時まで寝ていても構いません。もちろん、仕事に戻るときが来たら、以前よりもずっといい仕事に就くこともできます。自分で自分のクビを切り、経済的になんとかやっていけるなら、次の仕事に就かないで生きていく人もいます。多くの人々は会社をやめると、自己評価が高くなります。経済的に働かざるを得なかった人も、会社に戻るのは気が進まなかったと言っています。

 仕事を辞めることには、常にリスクが伴います。価値あるものには、リスクがつきものです。それに、遅かれ早かれクビになる運命かもしれません。安全な会社など無いのだから、会社が自分を追い出す可能性は高くなってきている。でも、自ら仕事を辞めれば、仕事のない状況を自分でコントロールすることができます。今後再び仕事を失うような状況が生じたとき、コントロール能力は高くなっています。

 仕事の機構に組み込まれるということは、退屈でわびしく、活気のない時間を一日八時間から十時間過ごすことを意味します。仕事が私たちの魂や体、精神を損なうようになったあ、次の仕事があるか否かにかかわらず、仕事を辞める時です。仕事のためであっても、犠牲にしてはならないことがいくつかあります。私たちの尊厳と個人としての価値は、その筆頭に来るものです。自由が危険にさらされているのなら、職場からすぐに逃げ出すべきです。仕事のために払われる犠牲が、人生の楽しみを損なうなら、その仕事にはそれだけの価値はありません。

 

お金は問題を増やすもと

  1995年4月、英国国協会のリヴァプール主教が英国政府に対し、宝くじを見直すように求めました。特に、賞金をもっと少額にするよう示唆したといいます。これは、ある男性が約15億円の賞金を取り損ねたと思って自殺した、という事件に対する主教の反応です。この男は、リヴァプールに住んでい...